今朝方の監守 制作メモ2018.05.23

 

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2018/5.23 AM4:56
起きて3秒後から制作がはじまる。
ここは監獄みたいだなと、朝が来るたびに思う。ここに暮らし始めてからずっと。

 

大きい絵を描き始めると、その監獄にとても友好的で圧倒的な監守がやってくる。
私の中で一番偉いひとだ。

 

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今朝は、下絵の作業を前日に終えて画面に入った。
下絵を白いアクリル絵具で定着させた時に絵はすでに生き物に変わっている。

絵という監守は自分とは別に意思を持って、色をのせることを要求してくる。
一つでも間違った色をのせてしまった時点で絵は死んでしまう。

 


絵も私も必死だ。

私は今までに大きな絵をここ5年で2回死なせてしまったことがある。

これは、知性と身体を使った、
恐ろしく神経を使う作業でもある。

 

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AM5:46

大きな絵を描くためには、文章を書く何十倍もの頭をつかって色を算出する作業を求められる。

何十本もあるチューブの色をどのように組み合わせて使うべきかを、自分の頭の中がゴリゴリと音を立てて演算している。

監守が命令してくる。


「集中力が途切れている!わたしに筆をのせるな!」

 

そうなると、おろおろと私は手を止める。そして、ベッドに倒れこんで、絵を眺める。
また演算が始まる。これをずっと繰り返す。

 

絵を描くために使う頭は、一番説明することが難しい物事を扱っている。
俗に言う、"不可解"っていう生き物だ。
言語野の近くの、生きるための根に近い部分が、命令してくる。

 

頭の中で、絵を描く頭が反応する部分と、
人に惹かれるとき反応する部分ほとんど一緒でもある。

 

誰か人に出会って、絵を描く頭が沢山反応してしまうっていうのは、

私にとって、とても大変な事態で大事件だ。


そんなの、考えたって分からない。不可解だから。

 

そんなことは滅多にない。

 

絵を描くマグマみたいな部分がざわざわ騒いでいるのに、ずっと抑え込んで生活していると、
それを勘違いして、その人を撫でたいって思っているのに、パンチを繰り返してしまう。

 

相手にとっては、事故みたいなもので申し訳ないことが多い。理解されないと悲しい。


若しくは、その人を求める部分を勘違いして、絵を描くスイッチが強制的に入ることもある。

 

後者ならいいけど、前者だとつらい。

ともかく凄い不便だ。


わたしの頭の中では大事件が起きていて、絵が描きたい本能的な自分が一番偉い。

とっても動物的で、自然な人間としての私の姿かもしれない。

 

そして、良い絵になりそうなものを描いてるときはお腹が殆ど空かない。
食べないと倒れてしまうから、口にとりあえず放り込む。味がよく分からない。

 

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それから、絵を描いたあとの自分の手が好きだ。
いい絵になりそうな時は、特に良い色をている。

自分にとっての自然な姿を取り戻している気がして、久しぶりにすっきりしている。
でも、ここから先、物凄い急勾配と負荷がかかって苦しくなるのが容易に想像できる。

初めて見る世界に出会うために黙々と筆を動かす。

腑に一切落とさない。落とそうともしない。不可解そのもの。
誰にも媚びちゃいけない。
私が描いているのは、私になかの不可解さだ。

 

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7時になると、筆を綺麗に洗って全ての道具を定位置に並べる。

そして、OLになる準備をして出かける。
どっちが監獄なんだか分からないけど、今回はたぶん良い絵が描けるはずだ。